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  • 2011.09.13 Tuesday
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トイレの神様信仰4


今回の記事は、恐くありませんので、
安心して読んで下さい。


厠神は、京都や群馬などでは、

烏枢渋摩(うすしま)、烏枢瑟摩(うすさま)明王

と呼ばれるなど、仏教に関係する神

と見なされていたりもするようですが、

その他、広範囲に渡っては、女神、もしくは、

男女一対の神と考えられる地域も多かったようです。

また、厠神と竈(かまど)神を夫婦と見なす地域も

あったようです。



厠神を、

女神もしくは男女一対の神と見なす信仰の方が、

仏教に関わる神と考える信仰より、

より古い信仰に由来するものと言えるでしょう。



民俗学者の飯島吉晴氏によれば、

「原初的な想像力」においては、

排泄と出産は類似する現象

と考えられていたとのことで、

厠神を女神と見なす際には、

大地母神的な存在が妊娠・出産を

司っているという発想があり、

男女一対の神と見なす際には、

妊娠の前段階=男女の交わりに

関わっているという

発想があったと思われます。



ちなみに、古事記には、

勢夜陀多良比賣(せやたたらひめ)の美しさを見初めた

美和大物主神(みわおおものぬしのかみ)が、丹塗矢

(にぬりや=赤い矢)に化け、このヒメが「かはや」に

入っているときに、かはやの下を流れている溝川から

女陰を突き、ヒメが子を孕む、という話があります。

(この神話のバリエーションは、各地で見られます)。



また、これとは別に、同じく古事記には、

排泄物・豊穣(食物)・女神に関わる神話もあります。

食物を乞うた速須佐之男命(はやすさのおのみこと)に、

大氣津比賣神(おおげつひめのかみ)は、鼻、口、尻から

食材を出し料理して馳走したが、その様子を窺っていた

速須佐之男命から「穢れたものを食べさせた」と激怒され

殺される。女神の死体の、頭部から蚕、目から稲種、

耳から粟、鼻から小豆、女陰から麦、尻から大豆が

それぞれ生えた、というものです。

この話は、排泄物が肥料として利用された古い農業形態を

彷彿させ、上記の、「厠神と竈神は夫婦である」という

信仰のルーツにも繋がっているのではないかと思わせます。



・・・話を戻します。

厠神信仰が存在していた頃、各地では

様々に厠神が祀られましたが、その中に、

人形を作って祀るという習俗もありました。



季節の変わり目などに、

人の身代わりとして人形(ひとがた)を作り、

川に流す、棄てる、焼くなどすることで、

穢れを祓うといった呪いや習俗は

厠神信仰以外でも見られますが、

各地の厠神信仰で見られる人形を使う

儀式としては、以下のようなものがありました。

飯島吉晴氏は、こうした人形を「厠神の神体」と

考えているようです。



・茨城県:6月26日を「チョズバギオン」と呼び、

チョズバ(便所)にうどんを供えると共に、

女の人形も作って供える。


・同茨城県:青と赤の男女の紙人形を作って供える。


・同茨城県:白と赤の紙人形を作って供える。


・群馬県:晦日や正月を境に、

便所神(烏枢瑟摩明王)のお札、女神の絵姿、

女の人形、男女の人形などを祀りなおす。


・同群馬県:正月の御幣で「セッチンヨメゴ」という

男女の神を作って祀る。


・秋田県:女の服を着せた藁の人形や

八橋の土人形を便所に祀る。


・島根県(出雲):トウモロコシの皮と紙で、

男女一対の人形を作って便所に祀る。


また、石川県内では、家を新築する際、

便所の甕を埋める穴に、

・藁人形を埋める

・夫婦の人形2つ作って埋める

・親指大の赤と青の土人形を、水引で結んで埋める

といった習俗があったとのことです。



井之口章次氏によると、

こうした人形などを埋める風習は、

「地荒神をなだめる」陰陽道の作法が

影響しているとのこと。



ところで、

ここで「トイレの怪談」を振り返ってみたいのですが、

1950年代から80年代にかけて日本全国に広まり、

代表して「トイレの花子さん」と呼ばれる主人公は、

「赤いスカートのおかっぱ頭の女の子」。

また、この花子さんのモデルになったとされる、

1879年生まれの「長谷川花子」なる人物は、

「牛乳が嫌いで白系の色も嫌い、赤系と青系の色が好き、

学校では卓球部に所属、花粉症などの情報がある」

とのこと(wikipediaより)。



上述したように、厠神信仰で祀られる

女の人形は、多くは赤い装飾を施され、

男女一対の人形である場合は、男女それぞれ、

白と赤、もしくは、青と赤で彩られました。



1879年生まれの「長谷川花子」のプロフィールである

「牛乳が嫌いで白系の色も嫌い、赤系と青系の色が好き、

学校では卓球部に所属、花粉症などの情報がある」は、

後半は、内容からしても後づけされた逸話である線が

濃厚かと思います。



一方、前半の「牛乳が嫌い」は、

津田塾大学の創始者で、米国留学経験もある

津田梅子(1864年生)も、子どもの頃牛乳嫌いで、

「牛乳が飲めなければ、外国には行けない」と言われ、

牛乳嫌いを克服したというエピソードを彷彿させます。



日本で牛乳が常飲されていくのは、

西洋の食文化が導入され始めた明治以降のことで、

当時の日本人の多くが、牛乳に拒否反応を示した

らしいのですが、そうした背景から言えば、

「長谷川花子」の牛乳嫌いは、

同時代人の特徴として読むことができます。

また、牛乳嫌いが嵩じて「白系の色も嫌い」

になるのも、筋としては頷けます。



そう読んでいく中で、

プロフィールに登場する

「赤系と青系の色が好き」は、

「牛乳嫌い」、「卓球部」、「花粉症」

という情報と比較すると抽象的で、

フィクションであるにせよ、

かなり唐突な感じがしていたのです。



が、これが厠神信仰に由来するものでは

と考えれば、大いに納得できたのでした。



ちなみに、

私の母の小中学校時代

(1950年代から60年代に)には

学校のトイレは未だ水洗式ではなく、

母の年下の親友ヴィヴィアンさん(仮名)の場合

(1960年代から70年代)は、

小学校は非水洗式で、

中学校は水洗式だったとのことです。

そして、「トイレの幽霊」系統の怪談も

やはり存在していたとのことです。



家(人)の守護神、福神としての特徴が薄れ、

恐ろしい祟り神と化した面での厠神信仰と

厠に出没する妖怪信仰が入り混じって

1980年代まで継承されてきた怪談

「トイレの花子さん」。



ところがこの怪談、1990年後半に、

再び新たな転換期を迎えるになるのです。


(続く)



トイレの神様信仰3

 
今回の記事には、
恐い話が含まれていますので、
夜トイレに1人で行く予定のある方は、
お気をつけ下さい、念のため。


これまでに語ってきたのは、

「家」の厠にまつわる信仰と怪談。


これを、学校という「公共」の場所に

まつわる怪談である「トイレの花子さん」と

結びつけることに、整合性や関連性はあるのか? 

・・・と考えてみたのですが、

2つの理由から、「ある」と判断しました。



その2つの理由ですが、


1)先ず、日本には、古今、

公私の空間問わず、

怪異が語られる風潮があるということ。


私的な空間(家)ですと、

便所を始め、仏壇(のある部屋)、

故人の部屋、離れ、倉(物置)、井戸等々。

公的な空間ですと、

墓地、戦跡、断崖絶壁、樹林、山道、

辻、トンネル、事故が起こった現場等々。

怪談話のある会社もありますし、

幽霊屋敷などと呼ばれる空き家が存在する

町内もあったりします。

通常神域とされる神社仏閣に怪異が出ると

されることも、しばしばあります。

こうして広く見ていきますと、

公とも私とも判別しにくい、

公私入り混じった場も

含まれてくることになります。



2)もうひとつの理由は、

「トイレの花子さん」の怪談の内容が、

厠神(祟り神)信仰や怪談のそれと

共通点をもっていることです。



wikipediaによりますと、

「トイレの花子さん」は、

1950年頃から流布されていた

「三番目の花子さん」と呼ばれる

都市伝説が原型であるとされ、

1980年代頃から全国の子供達の間で

噂になったとのこと。



最もポピュラーな噂は、

校舎3階のトイレで、扉を3回ノックし、

『花子さんいらっしゃいますか』と尋ねる行為を

一番手前の個室から奥まで3回ずつやると、

3番目の個室からかすかな声で「はい」と

返事が返ってくる。そしてその扉を開けると、

赤いスカートのおかっぱ頭の女の子がいて、

トイレに引きずりこまれる

というものだそうです。



全国各地にある怪談も、

これと似たパターンで展開されます。

wikipediaから拾ってみますと、


山形県:トイレを出る際「花子さん」と呼ぶと

返事があり、嫌な声で返事をされたときには何か起こる。


同山形県:花子さんの正体は3つの頭を持つ

体長3メートルの大トカゲで、

女の子の声で油断した相手を食べる。


岩手県:3番目の個室に入ると

「3番目の花子さん」と声がして、

床穴から白い大きな手が現れる。


島根県:花子さんと遊ばないと追いかけられる。


神奈川県:女子トイレにハナコさん、

さらに男子トイレにはヨースケさんがいて、

呼びかけて3秒以内に逃げないと殺される。


東京都:3階の女子トイレの奥で「花子さーん」と呼ぶと

「なーに?」と声が返り、16時過ぎにトイレで

「花子さん、ごめんなさい」と言うと、

「いいのよ」と声が返る。


埼玉県:トイレの4番目のドアを15回ノックして

「花子さん、遊びましょ」と呼ぶと、

「はーい」と返事が返る。


同埼玉県:3番目のトイレに入るときには5回ノックして

「花子さん」と3回呼ばなければドアが開かない。

無理に開けようとすると金縛りや神隠しに遭う。



また、長野県では「ゆきこさん」、

千葉県では「みーちゃん」といった名で、

同様の怪談があるとのことです。

また、このトイレの幽霊主には

名前がついてないことも多かったようです。



wikipediaによりますと、

幽霊である「トイレの花子さん」の

生前のモデルとなったのは、

「1879年生まれの長谷川花子」

という人物であるとの説もあるようです。


この「長谷川花子」なる人物は、

牛乳が嫌いで白系の色も嫌い、

赤系と青系の色が好き、

学校では卓球部に所属、

花粉症などの情報がある」とのこと。



但し、この人物が実在したのかどうかは不明です。

1879年生まれの女の子が、

2011年の今日まで伝わっている

「トイレの花子さん」話のルーツだとしたら、

かなりすごいことだと思いますが。



役所などにある書類の書き込みサンプルでは

「○○太郎」という男性名、

「○○花子」という女性名が、よく使われますが、

「トイレの花子さん」の「花子」も、

このように便宜上使用される

一般的な女性名から来ているのではないかと、

私自身は、何となく思っています。



・・・話を戻しますが、

上に記した「トイレの花子さん」怪談例には、

祟り神と化した厠神、または厠に出る妖怪の民間伝承と、

共通している点が多分に含まれています。



たとえば、一連の手続き、タブーが存在すること。

手続きを誤ったりタブーを犯したりすると、追いかけられる、

食べられる、床穴から白い手が現れる、殺される、

金縛り・神隠しに遭うといった、禍(わざわい)に見舞われること。

花子さんへの呼びかけ行為は、厠信仰のタブーである

「便所にいる人を呼んではならない」に関わっている気がしますし、

東京都の例、「16時過ぎに(花子さんに)呼びかけると・・・」は、

同じく厠信仰のタブー「夕刻(遭魔が時)に便所に入ってはならない」

を思い起こさせます。



また、

「花子さん」(ルーツになったとされる「長谷川花子」)の、

「赤いスカート」、「白い色が嫌い」、「赤色・青色が好き」、

「女の子」である点も、厠信仰に関連している要素と思われます。



(また続きます)



トイレの神様信仰2


今日のテーマは、前々回
の続きで、トイレがテーマとなっております。
お食事中の方はお気をつけ下さい、念のため。


家の信仰の重要な空間として厠が祀られていた時代、

厠は福をもたらしてくれる場所であると同時に、

災いをもたらすこともある怖ろしい場所でもありました。



伝統的な厠は、

家人の集う家屋中心部から一番遠い隅に設けられたり、

母屋の外部に築かれたりするものでした。

用を足すということは、家の中で一番遠く、狭く暗い場所に、

一人きりで閉じこもることを意味します。

足下には、真っ暗な穴が空いていて、穴の中に棲息する

不気味な生き物達の蠢きが聞こえてきたりもします。

しかもその空間で、人間は無防備な体勢を取ることになります。

なかなかの恐怖です。



takezoが思うに、

ひと昔前(大雑把に言って、便所が水洗式になる以前)の

子どもの夜尿症の原因には、まだトイレコントロールが

身についていないという生理的原因もあったでしょうが、

夜、1人で便所に行くという恐怖から、行きそびれてしくじる

ということも、多々あったのではないでしょうか。



今日でも、用を足している最中に、

何者かからお尻を撫でられるという想像をして、

恐怖に駆られたことがあるという方、

読者の皆様の間にもいらっしゃると思います。



厠は、厠神の棲まう神域であると同時に、

魑魅魍魎の出没する場所でもありました。

妖怪の代表ともいえる河童は、日本各地に残る伝承では、

厠に出ることも多かったようです。たとえば、

「ある家の妻が、夜、厠に入るたびに、

冷たい手で尻を撫でられるということが続いたので、

主人が代わって女装して厠に入り、伸びてきた腕を

斬り落としたところ、河童の腕だった」

といった伝承が新潟県の某村にあります。

河童の他、鬼、鬼婆、カラサデ婆(出雲)、化け狐

などの物の怪が厠という場に関わって人に害をなす

という内容の伝承も、各地に多々存在していたようです。



厠神信仰には、

こうした厠に出現する怪異から、厠神を頼ることで

護ってもらうという発想があったと同時に、

厠神自身が、粗末にすると禍(わざわい)をなす

怖ろしい祟り神になるとも考えられており、

その祟りを防ぐために手厚く祀っていた、

という両面の発想が入り混じっていたようです。



厠にまつわる信仰には、様々なタブーも付随し、

日本各地に伝えられていた主なものには、

「便所を不潔にしてはならない」という禁の他、

「便所に入る前に咳をしてはならない」

「便所でつばを吐かない」

「便所にいる人を覗かない」

「便所にいる人を呼ばない」

「夕刻(逢魔が時)や真夜中(丑三つ時)に

便所に行ってはならない」

といったものがありました。



この禁忌を破ると、

便所にいる人が鬼になって出て来る、気がふれる、

病気になる、怪我をする、歯が痛む、目が見えなくなる、

更に、命がなくなるという究極の禍まで、

実に様々な祟りがあることが、

全国各地で語り継がれていました。



ちなみに、takezoが子どもの頃、

昭和50(1970年)年代の話ですが、

中国地方の農村に住んでいた母方祖父が便所で倒れ、

救急で病院に運ばれことがありました。

命に別状は無かったのですが、医師の診断が下るまで、

祖母や親戚、近所の人々は、

「便所で倒れたのだから、もう駄目かもしれない・・・」

と不吉な想いに襲われたようです。

「便所で倒れた人間は助からない」という言い伝えが

その地域で信じられていたためです

(が、幸いなことに、祖父はその後も長生きしました)。



しかし逆に、こうした健康上の問題が起こった際に、

厠神に供え物をしたり、ある種の呪い事をすると、

快癒に至ると伝えられている地域も、また多かったようです。



禁忌を破り粗末にすると、

祟り神、疫病神となるが、

手厚く祀ると、妊婦の安産、

子どもの健やかな成長、

家人の健康を守る守護神、福神となる神、

それが厠神だったのでした。



人間の生活から、

排泄が生産活動に回される還元の連鎖が断絶していく

と同時に、古くからあった厠神信仰も崩壊していき、

この神の「福」をもたらすという側面が薄れ、

「禍・祟り」をなす側面のみが膨張していって

生まれたのが、1980年代頃までに全国を席捲した

怪談的都市伝説「トイレの花子さん」だったのでは

ないでしょうか。


(続きます)



トイレの神様信仰


本日は「トイレ」に関するテーマですので、

特にお食事中の方は、ご注意下さい。



年末に帰った実家で、

夕方の情報番組を見ていたところ、

「トイレの神様」という曲が

2010年に大ヒットし、

NHK紅白で歌われるということで

紹介されていました。



父「な、なんだ、この歌は?」


・・・えーっと、私に訊かれても。



そこで調べてみますと、

この歌は、1983年生まれの

植村花菜さんという

シンガーソングライターが、

祖母と暮らした子ども時代の

思い出を歌った曲とのこと。



曲タイトルの「トイレの神様」に

関わる部分をまとめてみますと、

トイレ掃除が苦手だった「私」は、

同居していた「おばあちゃん」から、

トイレには「それはそれはキレイな女神様」

がいるので、トイレを毎日キレイにしていたら、

「女神様みたいにぺっぴんになれる」と言われる。

「べっぴんさんに絶対なりたくて」、

「気立ての良いお嫁さんになるのが夢」でもある

「私」は、トイレを毎日磨くようになった、

というものです。



しみじみとしたメロディで、

歌唱力豊かに歌い上げられる

「トイレの神様」ですが、

父より流行歌に敏く、

この歌を既に何度か耳にしていた

私の母は、この歌を

「あまり好きじゃない」と言います。



理由は、

「妊娠中に、『いい子を産みたかったら、

便所掃除をしろ』と姑から命じられた

思い出が甦って、複雑な気分になるから」

とのこと。



残念なことに、私の母と、

一時期同居していた

今は亡き父方祖母の間には、

嫁姑の確執がありましてね。



それはともかく、

うちの実家は田舎でしたので、

トイレが水洗式になったのは、

確か昭和も終わり頃になってからです。

水洗式以前のトイレ(というか、

便所と呼ぶ方が相応しい)は、

子どもの私にとって、

暗く狭く汚く臭く、

気持ちの悪い場所でした。



そんな不快な場所を、

お腹の大きな妊婦が屈み込んで

掃除しなければならないというのですから、

母じゃなくても、嫌な思い出になるだろう

というものです。



思うのですが、

母が妊娠出産期間を過ごしたのは、

昭和40〜50年代。

その頃というのは、

「厠(かわや)」信仰

=「便所はひとつの神域であり、

家人皆で祀らなければならない

大事な場所である」という観念が、

地域差もあると思いますが、

崩壊しつつあった時期、または、

既に形骸化していた時期だった

と思うのです。



民俗学者の飯島吉晴氏によると、

「原初的な想像力」においては、

「腹部にあるものが体外に出る」という

共通点から、排泄も出産も類似の現象と

みなされており、厠は、排泄の場所である

と同時に、妊娠出産に関わる場所でもあった

とのことです。



厠神は同時に産神でもあり、安産、

きれいな子が生まれることを祈って、

妊婦が帯祝いの頃から便所掃除をする、

赤飯を炊いてお供えをする、

出産後、後産が下りないときには、

亭主が便所の踏み板を裏返す、

生後3日(日数には諸説あり)の新生児を

厠に連れて行き、健やかな成長を祈る

「雪隠参り」といった習俗が、

日本各地で見られたようです。



また、厠は年中行事が行われる場所でもあり、

民俗学者の倉石あつ子氏は1979年の調査で、

長野県の一地域に、大晦日に家人勢揃いで

厠の前で年取りをする習俗があることを

確認しています。



女衆が便所を掃除し、便所の前に茣蓙を敷く。

家主が、年神様と家主の膳をもって厠に行き、供える。

その他の家人は、家主の後ろに並んで座っており、

家主が「お世話になりました」と挨拶した後、

皆で、供えたお膳を一口ずつ食べる、というものです。



また、群馬県でも、女衆が便所にお膳を供えした後、

家人全員でこれを食べるという風習があったり、

また、お供えはしないものの、厠に灯明を上げるという

地域も多かったようです。

現在の福島県東半部と宮城県南部にあたる磐城の地域では、

小正月の夜に便所に行く者は必ず箒を持って入り、

用を足す前に掃き清めないと身体に腫れ物ができると

伝えられていたとのことです。



このように、

家人揃って厠神を畏怖し祀るという環境であれば、

各人が厠を清浄に保つ努力をしていたとも思われ、

その中で、掃除は女衆(もしくは妊娠中の嫁)という

役割があったとしても、「押しつけられた」という感覚は

もちにくかったのではないか、と。

また、便所内の掃除が女衆の仕事であるにしても、

便壺のかい出し作業や肥溜めへの運搬等の力仕事には、

男衆が関わっていた筈ですし。



ある大手新聞の運営する意見交換サイトに

「トイレの神様」を聴いて、

やはり複雑な気持ちになったという、

私の母と同じ60代女性らしき方の投稿を

発見したのですが、興味深い「時代の証言」が

述べられていました。



以前、夫や息子がおしっこをちらしたトイレまわりを

ニコニコ??と女性がクイックル○○○ーで拭いている

CMがありました。その時のなんとも複雑な思いを今の

若い方には分かっていただけないでしょうね。

(・・・)

公平な考え方というのは、男の嫌なことの殆どは、

女も嫌なんだということです。勿論逆もしかりです。

(・・・)

 この歌はおばあちゃんとの思い出として共感されている

方が殆どなのでしょうが、下の世話は女の仕事とされて

いた時代を知るものには複雑ですねえ」。



排泄物を肥料として利用する農産活動が消滅していくと同時に、

家人全員で厠という空間を畏怖し尊ぶという信仰も廃れ、

男性達は、自身の排泄で便所を汚しても無頓着、

が、「便所掃除は女がするもの」という信仰の

実践的な一面だけは残り、イエの中で一番立場の

弱い嫁が後始末を課される。

この投稿者の方や、同じ60代の私の母が割り切れない

思いをしたのは、まさにこの点ではなかったかと

思うのです。



更に、この投稿者の方は、以下のようにも書いています。



そしてついこの間見たクイックル○○○ーCMに

びっくりしました。若い男優さんがニコニコしながら

トイレを拭いているのです。飄々と。

 性別に固執せず、思いやりを持って自分のできることを

飄々とやる。これこそがかっこいい生き方だと心底思います」。



「トイレの神様」は、

神域であると同時に怖ろしく不気味な空間でもあった厠が、

排泄のみを目的とした不潔な場所=便所という変遷を経て、

トイレという外来語で呼ばれるのが一般的となり、

明るく清潔で快適な空間へと変化した現代に、

新しいかたちで甦った信仰であると思った次第です。



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